日本のためにも、3Dを1兆円クラスの産業に育てる視点も大事
谷 私は「立体協」の副会長という立場で参加させていただいております。本日の会合に門戸を開いていただきまして、立体協の会員を代表して3Dコンソーシアムの皆様にお礼を申し上げます。簡単に立体協の紹介をさせていただきます。立体映像産業推進協議会は昨年5月に、千葉大学の本田先生が提唱されて発足しています。設立の趣旨は、立体映像が産業になっていないこと。ディスプレイ等のハードウェア、CGなどの画像処理ソフトウェア、コンテンツ作成グッズ、立体映像になると情報量が増えますので大容量の情報を高速で配信するインフラも出現して、環境は整ってきているといえます。にもかかわらず、立体映像はなかなかビジネスにならない。
この原因はなんだろうか、いろんな理由があると思います。ハードウェア、ソフトウェア、コンテンツ、アプリケーションビジネスをやる業界、コミュニケーションビジネスをやる業界の横断的なコラボレーションがうまく噛み合ってはじめて産業がスパイラルに立ち上がっていくはずです。このコラボレーションがうまく噛み合っていないというところに、大きな原因があるのじゃないか。早く立体映像産業をプロモートするために、コラボレーションをやりやすいような出会いの場を作ってプッシュしていこうと。コラボレーションをすることによって立体映像のニュービジネスをインキュベーションしていく。そのお手伝いをするということを趣旨として活動をしているわけです。
私は製造業のNECに昔おりまして、LCD、PDPとビッグな産業になる技術開発をやるところから仕事を始めています。フラットパネルディスプレイ、ディスプレイ全体は、今後ともどんどん伸びていくわけです。現在、LCDだけで3兆円ぐらい、ディスプレイ全体では2005〜2006年には約10兆円の産業になる。これまで日本が世界のディスプレイの工場だったので市場がとれたわけですけれども、韓国・台湾・中国等が伸びてきて、次の産業を変えていかないといけない状況にある。
映像に関してもディスプレイもLCD、PDPとやってきて、ビジュアル情報のカラー化、大画面化の進歩なのです。その先にあるものはなんだろうかと先読みして5〜6年前から考えていたのが、高臨場感映像、あるいは高臨場感ディスプレイというカテゴリーです。
これを産業とやっていくためには、メーカー1社だけではどうしようもない。既存の工業会の中で提案したり、アピールしたり、プロモーション活動したり、そういうわたしの活動の流れの中で立体協の仕事もお手伝いさせていただいている。
立体映像は次世代の映像産業として1兆円なんてものじゃなくて、5兆円、6兆円の売上が楽に狙える。裾が広いし、分野も広い。3Dコンソーシアムには100社以上が参加されていますが、1兆円くらいの産業を作らないと皆さんの会社の金庫にいっぱいお金が入って、みなさんの財布の中にもボーナスがいっぱい入ってということにならない。だから小さなところからすすめることも大切なのですが、日本のためにも1兆円クラスの産業に育てるにはどうしたらいいかという視点でも考えていく必要が大事なんじゃないでしょうか。
伊東 残り時間は15分ということですので、ポイントを絞りたいと思います。まず、立体協さんと3Dコンソーシアムの協力や役割分担について、少し思うところをお話できればと思います。3Dコンソーシアムは立派な大手企業が名を列ねているのに対して、立体協さんはいい意味でベンチャー企業の動きが見えやすい。
技術経営では新規イノベーションが市場でシェアを取るには、ふたつの「困難」な段階があるといいます。第一は、ラボラトリーで作ったものをひととおりの製品にするまでのデスバレイ(死の谷)で、これをどうやって渡るかというとき、大手からいったんスピンアウトしてベンチャーを作ってそこで小さな作りで製品化を図ってうまくゆくことがある。次に、一通り市場にデビューした新技術が過酷な生存競争を生き残る「ダーウインの海」を乗り越える必要がある、というわけですが、うやってマーケットシェアをとっていくかというときには、大手の力が圧倒的に重要になってきます。実際は、うちはベンチャーです、うちは大手ですと分けられなくて、どちらにもタッピングしているのがふつうだと思いますが…。
私は1年間ご一緒させていただいて、既存のいろんなシェアの中で積極的に数を売っていくことを念頭に置いて、3Dコンソーシアムはいい意味で多くのユーザの生活に密接した製品に近いところに関心を置いているような感覚を持っています。逆に立体協さんはベンチャーですから、まったく新しい製品を、まずマーケットにデビューさせよう、というところで、より斬新なものに挑戦できる。双方がいい意味で補いあうような形で連携できるのではないかと思います。
さて、もう1〜2点に絞ってディスカッションにしていきたいと思います。深野さんの米軍の事例がおもしろいと思うので、3Dの通信技術なんかと積極的に結びつけてeビジネスの新しい展開にもっていく、このあたりは曽我さんに大いにお考えがおありだと思うのですが…。
通信で右目・放送で左目を送って、ディスプレイで立体にする
曽我 今度の地上波デジタル放送受信機の後ろにLANの接続の部分があります。たとえばいま当社も参加している地域情報サービスというのがありまして、お年寄りが放送だと思って使ってみてクリックするといつの間にか通信のほうに行ってしまい、通信のコンテンツがどんどん入ってきてテレビでゲームができてしまう。なぜ放送なのにこんなことができるのかなと思いながら今度は地元の会議室の予約までできてしまうと。通信が入ってくることで、お年寄りでも使いやすくなる。そして放送ではとらえられなかったところがとらえられるという新しい面が生まれると考えております。
3Dに関しても、じつは立体放送で見たくない人はどうするのという問題があります。たとえばシャープさんの3Dノートパソコンのいいところは、2Dと3Dが切り替えできる点で、3Dを見たくない人に無理矢理見せなくてすむ。通信で右目だけを送って放送で左目だけを送って、ディスプレイで一緒にすると立体に見えるといった形も考えられるのではないかと。これはすごく初期に考えられたビジネスモデルなのですけど、そういう通信と融合することによって、今まで考えられなかったさまざまなことができるのではないかと考えています。
で、深野さんがおっしゃっていた3Dに関してですが、3Dデータというところと3D表示というところがあって、そこがごちゃまぜになりがちで、3Dデータをどう3D表示するかが難しいところだと思っています。3Dデータから3D表示するときに高い壁があって、3D表示することによって初めて「わーっ、これはびっくり、すごいね」ということになり3Dが生き残れる道があるのではないかと考えております。
で、あのジャパネット高田の事例は見たことがないのですが、3Dデータとしてはクリアされていると思うのですけど、あたかもそこにあるというような思ってもみない表示ができることによって、新しいビジネスと新しい世界が広がるのじゃないかと思います。放送のコンテンツとしても、その壁を超えるための新しいコンテンツとは何かということを探していきたいと考えております。
伊東 ありがとうございます。まあ、現下の状況はユビキタスとかe-JAPANとかいろいろなチャンスが増えてきて、1兆円にすぐいくかどうかはわかりませんが、いいチャンス、転機だと思うのです。お茶の間であれ通勤・通学であれ、いろんなところでポテンシャルユーザーがいて、3Dはそこでの空間の使い方、もっと言えば人間がどう生きるかということとすごく関係あると思う。それを柔軟にビジネスに結び付けてゆきたい。
川村さんにうかがいたいのですが、空間でデザインという観点で、たとえばナムコのゲームセンターをすばらしい空間にしてその中にモニターがあるように、3Dのモニターがどういうふうに入っていくべきかを、今の話を受けてコメントをいただけないでしょうか。
まず楽しめる仕組み作りがあって、気が付いたら技術を楽しんでいると
川村 ちょっと話がそれるかも知れませんけど、1兆円産業という話が出ましたが、わたしは分母と分子という考え方をするのですが、どれだけのユーザーがいて、アクティブユーザーがどれくらいかという話。結局分母としての市場の大きさ、分母を増やすビジネス戦略です。
もうひとつ気になるのは、メーカーとはすなわち技術であって、うちはこれだけすごい技術を持っているのだぞと。自社技術で専用の基盤を作って、その上でゲームを作って、というのがあります。要はインターフェースとか、これがすごいのだぞというのではなくて、すんなり入って楽しめるというのが仕組み作りだと思うのです。で、気が付いてみたら技術をたっぷり楽しんでいる、その技術がなくてはいられないみたいなことになっていると。
伊東 はい、仕切りを超えると何かが変わりますよね。たとえば今テレビ画像が突然白黒になってしまったら、30秒もしないうちに放送局の電話がじゃんじゃん鳴って大変なことになるに違いありません。もし3Dが当り前になってしまえば、市場が3Dで当然と変化しちゃえばそっちにシフトするのですが、そこを越える・越えないは「メーカーの問題」でもあるのですが、より多く「ユーザー側の問題」だと思うのですね。
で、大谷さんにおうかがいしたいのですが、ユーザー側の巻き込みっていうのでしょうか、コンソーシアムの立場でどういうことをやったら短期的、中期的、長期的におもしろいのか、そのあたりのご意見をいただけますでしょうか…。
2Dでは気付かなかったものが、立体視によって見えてくることがある
大谷 そうですね、先ほどの米軍の事例とか今の技術の話とかをからめていいますと、米軍の例やジャパネット高田の例は、先ほど曽我さんがいわれたように3Dデータではあっても立体視ではないですよね。今はそれで成り立ってしまっていると思うのです。実際ジャパネット高田がそれをやって、あるいはWebサイトのバーチャルリアリティでオブジェクトムービーをぐるぐる回して商品がよくわかった、それで売れてますとなると、それをあえて3D化つまり立体視化する必要はない。
ところでおもしろいのですが、立体写真の初心者はみんなパースのきいた写真を撮りたがるんですよ。たとえば長い通路があって、それを立体カメラで撮るわけです。で、どうだというと元々立体感のあるものがその通りに立体で見えるだけなのですね。パースがついている写真っていうのは、2Dで見ても十分立体感を感じてしまうためにありがた味がない。
ところが、土の上に葉っぱがただばら撒かれてあるとか、あるいは河原に石ころが転がっているとかを立体カメラで撮ると、目で見たときには感じられなかった立体感、葉っぱの一枚一枚、石の一個一個が全部際立って奥行きがついて見える。立体視というと立体感を強調した映像をついつい作りがちなのですが、そうでなくて今まで2Dでは気付かなかったものが立体視によって見えてくる、そういうものを写真やCGで表現することも必要でしょう。
それからどうしても3Dというと、未来イメージのものを作ってしまいがちです。とくにCGの場合はありえないものも作りますからね。写真の場合はあるものしか撮れないという制約があるので、逆にそのことを生かそうとしています。今回3Dコンソーシアムで携帯電話を使った3Dコンテンツの配信実証実験を始めるということで、われわれのクラブでも協力させていただいたのですが、江戸の怪談とか不動尊という過去のものを取り上げました。
また、われわれのクラブメンバーの松崎さんは、著作権がうるさい歌舞伎にトライして立体写真を撮っているのですが、高齢者の方がおもしろがって彼の作品を買ってくれるのです。高齢者のマーケットというのも無視できないと思います。つまり単なる未来イメージだけではなく、過去のものも掘り出して立体視していくとおもしろい。あるいは立体視を強調するのではなくて、今まで見えなかったものが見えるような立体視を技術的に追求していくのも、試みとしておもしろいことではないかと思います。
伊東 モバイルやユビキタスに関しては、ユーザーの身体状況であるかとか、まさに人間工学的な問題がダイレクトにビジネスチャンスに関わってくると思うのです。ということで評価とか安全性という話にからめて、人間工学的な観点から河合先生からお話をまとめて頂けますでしょうか。
3Dに懐疑的な人と楽観的な人とが共存して、ブームが去っていく懸念
河合 今、大谷さんがおっしゃった話に少し関連するのですけど、私はすべてのテレビ番組を立体映像にする必要はないと考えます。もともと作り手が2Dで表示されることを想定して作られたものを、あえて立体視する必要はないということです。そういう視点で考えたとき、それでは何を立体で見るべきなのかを考えなければなりません。これまで立体映像は、だいたい10年周期ぐらいでブームになる傾向にありました。この前は多分1992年前後で、そのときもやはり何を立体で見たらよいかを人類が発見できなかったのが「敗因」になったと思います。
立体映像に適したコンテンツというのは、クリエータが試行錯誤し、そこからわれわれの予想もしなかった作品や表現として現れてくるものだと思います。しかしながら現時点では、クリエータに「これがよい立体映像だよ」と見せるお手本もない状況です。その点でも、評価が重要となると思っています。
評価、言葉の定義としては、モノの価値あるいは値うちを決めることです。コンテンツの評価、特に立体映像の評価という意味では、3種類あると考えていまして、一つは作品性や芸術性、二つ目は私がやっている生体への影響、安全性や快適性の評価です。そして三つ目がビジネスモデルの評価ですね。作品としてはよくても人体への負担が大きいとか、売れないとか。こうした目利きができる人、コンテンツを評価できる人がどれぐらいいるのか分からない状況ですね。
これから少しクールにそのあたりを見ていかないと、結局ものすごく懐疑的な人とものすごく楽観的な人とが共存するような状況で、またブームが去っていくような気がして、個人的にはすごく懸念しています。
伊東 ありがとうございます。本日は事前にパネラーの方々と綿密な打ち合わせをさせていただいたのですが、そのことがわたし個人としては非常に楽しかった。というのは、重要な問題を解く鍵というのはあちこちにあるのです。
事業戦略をちゃんとまともに考える上では、平板な「まず結論ありき」式の結論はないほうがいいと思っています。実際、あらかじめ事務局から与えられた「結論」もありませんし、今日は良い意味で結論をオープンにしておきたいと思います。
メディアが多次元化するっていうのはビジネス戦略も多次元化する。そんな具合に、扱う対象とビジネスモデルとをセットにして考えないとだめじゃないかと思うんですね。現在のビジネス情報空間は、ほとんどがビジネス情報「平面」です、二次元で考えます。ということは、時間軸を一次元入れるとあとは一次元しかありません。それは何かというと、たかだか「四半期の収支」で終わりなのです。ここから、長期的見通しを持った立体的なビジネス構造を創出する、というのは、なかなか難しい相談になる。
だから「ビジネス情報平面」じゃなくて、どうやって3Dビジネスというのを構造進化させてやるか、というのが重要な問題になってくるでしょう。
3Dコンソーシアムおよび会員企業各社のますますの躍進と新規ビジネスの開拓のために、ほんとうに役立つ議論につなげていくということで、平板な結論を出すということはせず、立体的な展開へのきっかけになれば幸いです。パネラーの皆さん、本日はほんとうにありがとうございました。お集まりの皆さん、ご静聴ありがとうございました。